『欲望の資本主義 ルールが変わる時』 ゆっくり休めばいいじゃないですか。

『欲望の資本主義 ルールが変わる時』丸山俊一+NHK「欲望の資本主義」政策班,東洋経済新報社,2017。 

欲望の資本主義

欲望の資本主義

 

 

 経済学者や投資家のインタビューをとおして、現代の経済の異常さや今後について考えさせられる本。

 

 第1章のスティグリッツは夢と希望のある話が語られる。

 スティグリッツ地球温暖化防止のための活動で経済成長が期待できるという。

 にもかかわらず、そのような構造の転換ができていない現状を指摘する。

長期的な投資ニーズと大きな貯蓄があるのに、金融市場は目先の事に躍起になって機能不全に陥っている。これが、我々の市場経済が招いた決定的な変化の一つです。(37頁)

 目先の金を追うのではなく、将来にわたって社会全体の在り方を変えるような投資をしようという呼びかけは、閉塞感がある社会で魅力的だ。

 

 他方で、スティグリッツは、こうも主張する。

(新しいテクノロジーで)利益が上がり、広く普及したからといって、ただちに社会のためになっていると考えるのは早計(56頁)

 それは新しいテクノロジーの不都合な点や危険な点が規制される前に稼いでいるだけの可能性があると指摘するのだ。

 新しいテクノロジーの危険性に対処する前に、利用すれば、好き勝手に稼ぐことが出来る。

 民泊なんてまさにその典型だ。

 また、新しいテクノロジーによって雇用が奪われる可能性もある。

 社会全体の在り方を変える方向性が問題になっている。

 

 第2章のセドラチェクへのインタビューはさらに刺激的だ。

 セドラチェクは次のように言う。

「成長は良いことだ」「経済は成長し続けなければならない」という思いこみこそが問題だと思うんです。(91頁)

 

 彼の例え話はどれも単純でわかりやすい。

食べ物はあり余っているけれど食欲が足りないことが問題なら、なぜその解決策が、料理をもっと多く、もっと効率よくつくることなのでしょうか。なぜ料理をやめないのでしょう。やめて、ゆっくり休めばいいじゃないですか。(104頁)

 満ち足りているはずの社会でもっと満ちるために頑張って働くというのはおかしなことだ。

 働くのは「自由」になるためなのに、働いても働いても自由になれないのは、何かが間違っているのではないか。

 これをセドラチェクは「主従逆転」と呼ぶ。

 

 その上、我々の文明は、安定を売って、成長を買っていると指摘する。

 日本の国債発行の話などまさにその典型だ。

 

 「ゆっくり休めばいいじゃないですか。」という言葉は単純な夢以上の夢がある。

 しかし、そのための条件として、次のようにも言うのである。

AIは人間から仕事を奪います。だからこそ、私たちはAIを望んだのです。ですから、人間の代わりに本当にコンピュータに働いてほしいのなら、AIが生み出す利益の社会的な配分について考えておかなければならない。(136頁)

 確かに、配分に関する指摘は重要になる。

 働かざる者食うべからずという標語が正義であるためには、働く場所がなければならない。

 そして、そもそも働く必要が無いのに、食べてはならないというのは、問題だろう。

 食べる事と働くことの主従逆転が起きているからだ。

 

 第3章は投資家のスタンフォードへのインタビューだ。

 新しい技術について語る彼の姿は、読んでいて楽しい。

 しかし、そこに希望があるかというと一抹の不安が残る。

 

 日本の経済学者である安田洋祐(「祐」は「示」に「右」の旧字体)が分かりやすくインタビューしていて、とても読みやすい。

 セドラチェクのインタビューを読むだけでも価値があると思う。